学力研

 HOME


お問い合せはこちら

8月号 目次

学びの主体性
 子どもが母国語を学習するときのことを考えてください。子どもは「ことば」というのが何であるかをまだ知りません。「ぼくもそろそろ学齢期だから、日本語をちゃんと勉強しておかないとね」というような合理的判断を下したうえで母国語の学習を始めた子どもはおりません。
 しかし、すでにことばによるコミュニケーションの現場に引きだされています。子どもは「すでにゲームが始まっており、そのゲームの規則を知らないままにプレイヤーとしてゲームに参加させられる」という仕方でことばに出会うわけです。
 にもかかわらず、子どもはやがて人々の語ることばの意味を一つ一つ発見してゆきます。それは、大人たちが「ことばには意味がある」ということを教えたからではありません。ある音声がなにかそれとは違うものを記号的に代理表象することができるという「ことばの規則」そのものを知らないままに、子どもはことばの中に投げ込まれているから、知るわけないんです。
 このプロセスの驚嘆すべきところは、規則を知らないゲームをしているうちにプレイヤーがその規則を発見するという逆説のうちにあります。
 まわりの人々の発する音声が意味を伝える記号であることが分かったのは、意味不明の音声について、「これは何かを伝えようとしているのではないか?」という問いを子どもが立てることができたからです。
 この謎めいた音声は何かのメッセージではないのか? これらの記号の配列には何らかの規則性があるのではないか?
 これがすべての学びの根源にある問いかけです。
 学ぶことの全行程はこの問いを発することが出来るかどうかにかかっています。そして、「そうすることで、あなたは何を伝えたいのか?」という起源の問いは問う者自身が発する以外にはありません。誰も彼に代わって、この問いを発することはできないのです。
                  【内田樹『先生はえらい』ちくまプリマー新書より】  
<目次>
『学校での「研究」』の研究            下末伸正
夏の思い出、30秒スピーチ            荒井賢一
特別支援学級での学び              濱崎仁詩  
子どもの喜ぶ一斉授業              久保齋
学力の基礎研究所だより              久保齋
局長だより                      図書・金井・岸本
学力研カレンダー&編集後記          図書・川岸